最高裁判所第一小法廷 昭和43年(行ツ)132号 判決 1969年6月26日
上告人
熊本県選挙管理委員会
右補助参加人
金瀬継富
被上告人
山村英男
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人および上告補助参加人の上告理由第一点について。
所論の点については原審で主張されていないのであるから、原判決に判断のないこと当然であつて、原判決には所論の違法はなく、論旨は理由がない。
同第二点について。
被上告人が、昭和五年三月、熊本県阿蘇郡高森町津留部落において、津留要の三男として出生し、その後養子縁組により山村と改姓するに至るまで二十余年間津留姓を称し、また要がもと高森町長を勤めた知名士で、被上告人はその子として知られ、被上告人の姓を呼ぶには、「山村」というよりも、むしろ「津留のひでちやん」と呼ぶ方がふさわしいと感じている者が現在でも少なくない等、原審の確定した事実関係のもとにおいては、所論「津留英雄」「津留秀男」「津留英男」「津留英夫」および「つるひでお」と記載された投票を、他の候補者「津留八州男」または「津留寅一」の姓と被上告人山村英男の名を混記したものではなく、被上告人の旧姓名を記載したその有効得票であるとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は理由がない。
同第三点について
所論「カナせトミオ」という投票は、上告補助参加人に対する有効投票とは認められないとした原審判断は正当として是認することができる。原判決には違法はなく、論旨は理由がない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文とおり判決する。(岩田誠 入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 大隅健一郎)
上告人および上告補助参加人の上告理由
第二点 原判決の認定は、明かな判例違反を犯している。
原判示理由の二において、問題の五票、即ち「津留英雄」、「津留秀男」、「津留英男」、「津留英夫」および「つるひでお」を、被上告人の有効票と認める理由の一として、一般に選挙人は必ずしも平常から候補者の氏名を正確に記憶しているとは限らないので、誤つた記憶あるいは不正確な記憶にもとづいて投票することもあり得ると判示するところ、一般的にはその考え方も一応首肯できるのであるが、答弁書三の4において主張したとおり、被上告人は初めての立候補でもなく、山村姓を名乗つて既に一三ケ年、高森町議員二期八年というキヤリアの持主で、同人の出身地津留部落の永住者が被上告人の山村姓を忘れることは到底考えられない。蓋し本件選挙運動の期間中も従来どおり被上告人は自ら「山村」に投票するよう呼びかけ、選挙用のビラおよび看板にも「山村」姓を大書していたし、選挙人は記憶が判然しないときは投票に当つて投票所における氏名掲示を見て投票するのが一般の例であるからである。
殊に前の二回に亘る選挙において、被上告人の旧姓津留の投票があつた形跡もなく問題になつたことがないにも拘らず、前回の選挙で「津留英男」の票が有効とされたと認定する原判決が、他に同姓の候補者の有無とか、当落に影響の有無などを考慮しないという事実からしても、本選挙においてのみ記憶が不確実であつたとの原審認定は、独断諮意を免れず、又被上告人が津留家の養子となつた後に津留部落へ入つて来た人たちが旧姓によつて投票することはあり得ないからである。又原判決の挙示する被上告人申請の各証人が何れも補助参加人が主張する(二月一五日付準備書面三の1の(イ)(a)ないし(j))ような被上告人およびその父と親族又は特殊な間柄で、公平な第三者としての期待ないし信頼性を缺如することを疑うに足りる十分な理由のあることは、同人ら自身のそれを認める証言により肯認することができるし、原審が右認定を覆すに足りる確証がないと極めて簡単に判示するけれども、却つて公平な第三者と思料される証人後藤富雄および同安楽興治らの津留部落その他の地区の人たちで、被上告人の旧姓を呼ぶ人はいない旨の各証言こそ真実を伝えるものであり、本件選挙においては他に津留姓の候補者が二名もいるので、被上告人と特に親しく且同人を支持する証人安達らにおいてこれらと混同され易い危険な投票をするということは、選挙の常識からあり得ないことである。殊に証人津留信子および同津留ツヤ子らが、誤つて「津留英男」と書いて投票した旨の証言をなすに到つては、敢て投票の秘密保持(法第五二条)を害し、ことさらに被上告人の利益のために偽証したと疑われても已むを得ないし、元来その証言は無効(大審明治四二年(オ)第三四八号同四二年一二月一〇日民録一五輯九四二頁)であるのに、原審が漫然と右両証人の証言を証拠に引用したことは、採証法則および右判例に違反するもので、到底破毀を免れない。
次に理由の二として、前記五票が「津留八州男」および「津留寅一」との間に同一姓ないし類似性がなく且他に「津留英男」なる人物が実在していないから、被上告人の旧姓名を記載したものと認めるのが選挙人の意思にそうものであると判示するところ、被上告人が山村姓を名乗つて間もないという事情の場合は、或は誤記とも考えられるが既に一三ケ年という長い年月を経且議員生活八年という対社会的公人生活のため、特に親しい間柄の人たちの間においては或は「元の津留さん」位のことが「私語」されるかも知れないが、こと公的の場合又は選挙の場合にその旧姓を表明することは、むしろ「侮辱」とも考えられるので、他に特段の理由のないことが明かである本件選挙において、不確実な記憶という曖昧な理由と他の津留姓の二候補者の名との間に類似性ないし同一性がないとしてその五票を被上告人の有効票とする原審の認定は明かな判例(昭和三二、一、三一最高裁判決・東京高裁昭和三〇(ナ)第一二号、行裁例集七巻四号八三七頁、仙台高裁昭和三一、八、一六判決)違反を犯している。蓋し、前記五票中の「津留」は、選挙人において他の津留姓の二候補の姓を書きながら別名を書くという不真面目な投票の表現とも解せられるし、前叙のように誤記とも認め難いからである。果して然りとすれば、前示判例のとおり右五票の中「津留英男」の一票は、「津留八州男」および「津留寅一」らの氏と被上告人の名を混記したもの、他の四票は候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効と解すべきであるから、この点についても到底破毀を免れない。